オーディンとウートガルザ・ロキが似ている件
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ウートガルザ・ロキは巨人族の王の一人であり、「ギュルヴィたぶらかし」にのみ登場します。巨人退治に出かけたトールが巨人族の城を訪れたものの、巨人族の王ウートガルザ・ロキに幻でやり込められてしまう……という話です。
あらすじ
ロキとともに巨人退治に出かけたトールは、シアルヴィという人間の少年を従者にしたり巨人スクリューミルに遭遇したりしつつ、ウートガルザ・ロキの城へと向かいます。
ウートガルザ・ロキは「お前らの得意分野で勝負させてやろうじゃん」とトール一行との力比べを行います。シアルヴィ、次いでロキ、最後にトールの順番で勝負するのですが、結果は三戦三敗。トール達の完敗でした。
翌日、トール達は城を後にします。が、何とここでネタバラシ。トール達が挑んだ競争相手は全部ウートガルザ・ロキの作った幻だったと言うのです。
かんかんに怒ったトールはウートガルザ・ロキをブチ殺そうとしますが、そこに彼の姿は無く、彼の城も跡形もなく消えてしまっているのでした。
勝負に見る共通点
ウートガルザ・ロキが使用した幻術を見ていくと、オーディンとの共通性があるように思えます。
ロギ
トップバッターのロキは、大食い勝負を申し出ます。桶一杯の肉をどちらが多く食べられるかという勝負で、ロキと相手のロギは桶のちょうど真ん中で鉢合わせました。
軍配はロギにあがりました。ロキは骨を残していましたが、ロギは骨や桶ごと平らげていたからです。
ロギは「野火」を意味します。名前には共通点を見出せませんが、勝負内容からはフレキとゲリを想起します。
この二匹の狼は「貪欲なもの」を意味し、餌としてオーディンの食物を与えられています。食物を食らう貪欲なもの……大食い勝負の相手には相応しいと言えるでしょう。
また、ロキが大食漢であるという描写はこの話にしかありません。この勝負の為に付け足されたのでは? と思えてきます。
フギ
次は俊足のシアルヴィ。フギという少年と足の速さで勝負しますが、三度の勝負はいずれもフギの勝利で終わります。
フギの正体は思考。どんなに足が速くても考える速度には勝てません。フギは名前自体が「思考」を意味しています。
その名前からは、オーディンの従者フギンが連想出来ます。フギンの名も「思考」という意味で、両者は非常に似通っている存在と言えるでしょう。
先述のロギと合わせ、この二人はウートガルザ・ロキの従者、フギンとフレキ&ゲリはオーディンの従者として重ねられます。また、道中ロキとシアルヴィを伴っているトールとも対比出来るのではないでしょうか。
角杯の酒
さて、いよいよトールの番。彼は三回の勝負を挑みます。
第一ラウンドは酒の一気飲み。角杯いっぱいに注がれた酒を飲み干せるか、というもの。
角杯は大きいものでしたが、トールは一口で飲み干せるだろうと思いました。しかし、三口かけても半分も減らすことが出来ませんでした。
酒の入った角杯は実は海に繋がっており、トールは海の水を飲まされているのでした。引き潮が起きるのはトールが大量の海水を飲んだためだそうです。
幻術の正体が海水であることから、海にまつわるもの或いは人物が背景にあると推測できます。該当するのは、ノアトゥンに住むニョルズと、フレー島に住む巨人エーギルでしょう。
エーギルは巨人族ですが、彼が登場する際は必ずと言って良いほどアース神族が関わっています。エーギルの館は神々が宴会を開くために使われていますし、トールに無理矢理言われて酒を作ったりするなど、神々の敵であるようには描かれていません。
これらを踏まえると、海との関係は神々のほうが強いようです。先述よりは弱い要素ですが、神々に関係するものであるというのは共通点として挙げられるのではないかと思います。
灰色の猫
続いて第二ラウンド、広間に灰色の大きな猫が現れました。こいつを持ち上げてみてごらんとウートガルザ・ロキは言いました。
トールは猫の腹の下にもぐりこみ(巨人族サイズの猫なのでしょう)、うりゃあと力を込めます。猫の胴体は持ち上がりましたが、猫が背中を丸めたため四肢は床についたまま。ならばとトールは力の限り腕を伸ばしますが、それでも猫の片足が床から離れただけでした。
後に、この猫の正体はミドガルズオルムであることが明かされます。世界を一周して自らの尾をくわえている巨大な蛇を、トールは天に届くのではないかというところまで持ち上げたそうです。
猫を起点にすると、浮かぶのはヴァン神族の女神フレイヤです。彼女の馬車を引くのは猫ですし、この記述とウートガルザ・ロキの話以外に猫が現れる箇所は見られません。
また、「灰色の猫」と毛色を断定しているのも注目すべきでしょう。灰色の毛という特徴は、オーディンの馬スレイプニルを想起させます。
老婆
「ちっちゃいからやっぱり無理だったねー」と笑われ、トールも怒り頂点。だったら俺と力比べをしやがれと凄みますが、巨人達は相手にしません。
そこで、巨人族の王が呼んだのは、一人の老婆でした。老婆はエリという名前で、ウートガルザ・ロキの乳母だそうです。お年寄りを相手にするのは気が引けますが、ここで引き下がるわけにもいきません。
老婆の力は、トールの力を上回るものでした。トールがどれだけ力を出しても、エリはそれ以上の力を出してくるのです。トールはとうとう片膝をついてしまいました。
トールは結局一勝も出来ないまま、勝負は終わったのでした。
老婆の正体は「老齢」。いかに強者であろうと、老いに勝つことは不可能です。それを相手にして片膝をついただけだったのは奇蹟だとウートガルザ・ロキは語ります。
これはオーディンそのものを想起させます。老人の姿で描かれる神は他にもいますが(ブラギなど)、屈強なトールを打ち負かした老婆の背景にはあまりふさわしくありません。最後の勝負であることも加えると、やはり戦神であるオーディンが当てはまるのではないかと思われます。
ウートガルザ・ロキは何者なのか
この話は、トールの姿を描いた物語としては不自然な印象を抱きます。
城に着く前に出会う巨人スクリューミルはやけにフレンドリーですし、ウートガルザ・ロキをはじめとした巨人達はトール達にまったく手を出しません。
また、トールもミョルニルを携えていながら、城では一度も使おうとしていません。道中で出会ったスクリューミルと、城の外で種明かしをしたウートガルザ・ロキに対してのみミョルニルを振るっています(後者は不発ですが)。
トールは怒りっぽい性格ですから、勝負の途中で一度くらいはミョルニルを握りそうなものなのですが……。
これは、ウートガルザ・ロキとの勝負がアースガルド内での出来事だったからと考えると、自然な流れになるのではないでしょうか。
巨人フルングニルの話にも見られるように、神々はアースガルド内で血を流すことを避けています。トールがミョルニルを使わなかったのは、勝負を行ったのが血で汚してはならない神聖な場所だったからと考えると、この疑問は解消されます。
この話の正体は、何らかの形で行われた「寸劇」のようなもので、ウートガルザ・ロキはオーディンが演じる架空の巨人なのかもしれませんね。ロキの大食い勝負も、実はオーディンとつるんでいたからだったりして。
オーディンがトールをおちょくる話というと、ハールバルズの歌もそんな内容だったような……。