フルングニルは強いのか?

 アース神族の敵である巨人族。その中でもフルングニルは強いという印象があるようだ。ゲームとか何かとかでも最強の巨人とかそういう宣伝を見るような気がする。
 うろ覚えですが、ファミ通で見たラグナロクオデッセイ?の敵キャラクター紹介あたりがそんなんだった記憶があります。
 そう言えば、フルングニルが最強の巨人って記述ってどこかにあったっけ? そんな疑問からスタートです。

最強じゃない?

 さて、古エッダの一つ「グロッティの歌」にこんな一節がある。

 フルングニルは強かった。その父も。しかしスィアチはもっと強かった。わしらの身内のイジとアウルニルは山の巨人の兄弟だったが、わしらはそれから生れたのだ。

 ああっ、早くもフルングニル=最強が否定されてしまった。ちなみにスィアチは黄金の林檎を持つ女神イズンを誘拐しちゃうという、なかなか策士の巨人です。
 でもまあ巨人族なんだし、フルングニルも強いんでしょうきっと。最強じゃないけど
 いやでもこの時既にスィアチは死亡していて、存命中の巨人の中でフルングニルが一番強いのかも(苦しい)

2014/5/18追記:最強という記述が見つからないと書いたな、あれは嘘だった

 もしもフルングニルが負けたら、トールからはよくないことしか望めなかった。というのも、フルングニルは彼らのうちで一番強かったからだ。

(詩語法)

 「彼ら」というのは勿論巨人たちのこと。全ての巨人族なのかという微妙な問題はありますが、フルングニルが相応の強さを持っているであろうことが窺えます。
 グロッティの歌と整合性をとると、トールとフルングニルの決闘の時点でスィアチは既に死んでいたと解釈するのが妥当なところでしょうか。

そもそもフルングニルはどんな奴なのか

 否定して終わるのもつまらないので、フルングニルの話を辿って、最強のイメージがどこから来たのかを探してみましょう。
 フルングニルは石で出来た心臓と頭を持ち、武器や盾も石勢と何かと石に縁のある巨人です。


 ある時、オーディンはスレイプニルに跨り巨人達の領地に赴き、巨人フルングニルと出くわします。彼はグルファクシ(「金の鬣(たてがみ)」という意味)という馬に乗っていました。

 多分グルファクシが立派な馬だったのでしょう、オーディンさんは自分の愛馬スレイプニルを自慢します。もちろんフルングニルも黙っていません。二人はスレイプニルとグルファクシのどちらが優れた馬なのか、競争で決めることにしました。

 最高の名馬に負けず劣らずの足で、グルファクシはスレイプニルの後ろにぴたりと追随します。
 やがて焦れたのか、オーディンは決着も付けぬままアースガルドへと戻ります。が、グルファクシはその城壁を飛び越え、背に乗せたフルングニルとともに神々の国に乗り込んだのです。

 思わぬ珍客、とりあえず神々はもてなすことにしました。競争はどうした。
 それはそうと、お酒が進むにつれてフルングニルさんは調子に乗りはじめます。ヴァルハラを館ごとヨトゥンヘイムに持って帰っちゃうぞとか、シフとフレイヤを連れて行っちゃうぞとか。
 そろそろお帰り頂きたいなーと思い始めた神々は、トールを呼びつけました。

 アースガルドに巨人がいることが気に入らないトールは彼を追い出そうとしますが、フルングニルはビビリもしません。「武器さえ持ってりゃトールなんか負かしちゃうのになー(チラッ)」なんてことも言ったります。多分まだお酒が抜けてない。
 そんなわけで後日、トールとフルングニルの決闘が行われることとなりました。場所はグリョートゥーナガルザル、アースガルドとヨトゥンヘイムの境目です。

 巨人族の皆さんがフルングニルに勝ってもらいたいと思うのは当然の流れ。まして相手はアース神族一の戦士、負けるわけにはいきません。
 そこで、巨人達は泥をこねてモックルカールヴィという男を作りました。いざという時にフルングニルを守ってもらおうと考えたのです。この泥人形は背丈が9ロスト、脇の下(胸囲を指しているのかな?)は3ロストあるそうです。
 ちなみに、ロストとは休憩なしで歩く距離を示し、1ロストで大体7~8キロメートルらしいです。モックルカールヴィでけえ。

 さて決闘当日、フルングニルはモックルカールヴィを伴って相手が来るのを待っておりました。
 そこにトールの従者シアルヴィが、主よりも先に到着します。シアルヴィは言いました、トールは地中からお前を狙っておられるぞ、と。真に受けたフルングニルは持っていた分厚い石の盾を地面に置き、その上に乗っかるという作戦に出ます。

 もちろんトールさんは真正面から登場。二頭の山羊が曳く戦車に乗ってミョルニルをブン投げます。フルングニルも応戦して、武器の大きな砥石をブン投げます。
 二つは空中でぶつかり合い、フルングニルの砥石は真っ二つに。片方の破片が地上に存在する砥石の元となるのですが、それはまた別の話。

 一方のミョルニルはびくともしません。砥石とぶつかった後も勢いは衰えず、フルングニルの頭も砕いてしまいました。
 モックルカールヴィ? 彼はトールの姿を見てちびっていました。ついでにシアルヴィが倒したそうですよ。
 あまりに巨大な体に見合う心臓が見つからず、結局は雌馬から取り出したものが使われました。そのため、図体はでかくても度胸の方はそうもいかなかったのでしょう。

 勝利を喜ぶ間もなくトールを悲劇が襲います。真っ二つになった砥石の一方が、額に突き刺さってしまったのです。しかも、不意打ちダメージでつんのめったトールの上に、頭を砕かれたフルングニルの体が倒れ込んできた!
 首の上に巨人片足が乗っかってしまい、トールは身動きが取れなくなってしまいました。

 トールを助けたのは、息子のマグニでした。他のアース神族も動かせなかった巨人の足をどかした彼の年齢は、何と生後三日。息子さんの力もパネェです。
 額に刺さった砥石ですが、巫女に頼んだものの結局抜けませんでした。


 フルングニルのエピソードから、「強い」というイメージに繋がりそうなのは、以下の二つではないかと思われます。

  1. アースガルドに単身乗り込んで、無傷で帰還した
  2. トールと決闘をし、更に傷を負わせた

 まずは1から。アースガルドにやって来た巨人に対して、神々は危害を加えるどころか歓待しています。追い返そうとしてわざわざトールを呼ぶのですから、普通に読めばトールでないと手を出すことも出来ないのか、と読み取れるでしょう。
 ……が、一概にそうとも言い切れません。以下は「ギュルヴィたぶらかし」からの引用です。

「(中略)なぜ神々は、悪い予感のするその狼を殺さなかったのですか」

 ハールが答えた。

「神々は狼の血で汚したりしないよう、神殿と聖所を大変崇めておられるのだ。狼がオーディンを殺すことになるだろうと予言はいっているけれどもな」

 文中の「狼」はフェンリルを指しています。ラグナロクにおいてオーディンを飲み込む狼を捕えておきながら、何故神々は殺さないのか? というギュルヴィの問いと、それに対するハールの返答です。
 既に予言を得ていながら、フェンリルを殺せないという。それだけ聖所は重要なものなのです。おそらくフルングニルに対してもそうだったのではないかと思われます。トールが駆け付けた時、巨人をミョルニルでブチ殺さなかったのもそういう理由があったのでしょう。

 というわけで、神様は巨人を怖がっていたとは限らないのですね。
 フルングニルよりも強いと言われたスィアチは、翼を燃やされアースガルドに墜落した後、神々の手によって殺されています。一歩間違えれば、フルングニルも同じ道をたどっていたのかも。
 

 続いて2について。トールの活躍にまつわるエピソードの中で、ぶっちゃけトールとまとも?に戦ったのはフルングニルくらいです。決闘の結果は瞬殺でしたが、それは他の巨人も同じようなもの。主なエピソードとして挙がるのは巨人の王ゲイルロドやスリュム、ヒュミルあたりでしょう。彼らはわりと速攻で殺されています。
 例外と言えばトールを幻で翻弄したウートガルザ・ロキくらいなものですが、彼もトールの恐ろしさを自身の口で語っています。
 偶然の結果とはいえ一時でもトールを苦しめたフルングニル。彼の戦果は、結構大きいのではないでしょうか。

 また、「ハールバルズの歌」にはこんな一節が。

「(中略)フルングニルが死んでから彼に勝る手強い相手に出会わなかったようだな」

 オーディンが扮したハールバルズという渡し守の台詞の一部です。神々にとってもフルングニルは結構な脅威だったのでしょう。アースガルドに堂々と入って来た上、トールに傷を負わせたのですから。

 アースガルドに乗り込む大胆さや、(酒の勢いがあるとはいえ)トールとの決闘を受ける度胸。他の巨人に比べて運もまぁまぁあるのではないかと思われます。モックルカールヴィ絡みから考えると、他の巨人からも人望集めてそうだなーとか好意的に予想してみたり。
 考えていくと、フルングニルって少年漫画あたりでいい感じに活躍しそう。部下にも慕われてる豪快な悪の幹部、みたいな。そして最期は主人公と激しい戦いを繰り広げて死ぬ。

 結論として、フルングニルは最強とは言わないまでも相当の強さは持っているようです。
 功績から考えても、強キャラ扱いされるのもむべなるかな。

2014/04/20