ポケモン図鑑の変遷

LEGENDSアルセウスに見る、図鑑の昔

 ポケモンシリーズを遊んできた人にはお馴染みのポケモン図鑑。LEGENDSアルセウスでは、ポケモンを恐れていた人々が図鑑を通じて彼らのことを理解し、身近な隣人へと認識を変えていく様子が見られた。
 中盤あたりでコトブキムラの村人に話を聞くと「図鑑を回し読みしている」という話を聞くことが出来る。一言の短い台詞だが、図鑑をとりまく事情を類推することが出来る。

 村人たちが読んでいるのは主人公や博士が作った図鑑の写し(写本)であろう。そしてコトブキムラの事情を考えると、写本の数は多くないと思われる。
 紙について、何かの記録や山賊の人相書きなど、銀河団の本部を軽く見て回るだけでも大量の書類がある。これらの紙は製造部隊が作っているか、あるいはイチョウ商会からの購入しているのかもしれない。いずれにせよ紙は有限で、貴重な資源の一つであることは間違いない。

 また、銀河団の団員は建築、医療、警備など多くの仕事を分担している。資源と人員のことを考えると、写本の量産は難しいだろう。作ったとしても、任務で使うことを優先するはずである。村人が余暇に読む写本があるのは、銀河団の好意の可能性も考えられる。
 いずれにせよ、コトブキムラの人々が図鑑に触れられる機会は限られていた可能性が高いだろう。この背景を想像した時、オーキド博士がポケモン図鑑を作ろうとしていたことを思い出した。

今と昔の図鑑

 LEGENDSアルセウスで既にポケモン図鑑が存在することから、図鑑の純粋な開発者はオーキド博士ではないことがわかる。では、ラベン製の図鑑とオーキド製の図鑑は何が違うのだろうか。


LEGENDSアルセウスの図鑑は、ラベン博士が人力でページを増やしていく。当時の「先進的な研究」であり、ポケモンの研究は始まったばかりのようだ。

 LEGENDSアルセウスの中では、ポケモン図鑑は紙を綴じた冊子状のもので描かれている。調査隊が集めた情報をもとに、ラベン博士が作っているのだろう。ポケモンについての説明だけ取ってもヒスイや各地方の情報が書かれており、博士の並々ならぬ苦労を感じさせる。
 また、ポケモンの情報を確認するには、捕まえたり倒したりエサをあげたりするなど、様々な作業(タスク埋め)をこなす必要がある。

 対するオーキド製の図鑑は「見つけたポケモンが自動的に書き込まれてページが増えていく」ものだ。赤緑をはじめとした本流ではポケモンを一匹捕まえれば情報を見ることが出来る。
 おそらく、ポケモンのデータ自体は既に記録されていて、捕獲したタイミングでアクセスしているのだと考えられる。それはラベン博士をはじめとした先人が積み上げてきたものなのかもしれない。

 ヒスイ時代の図鑑のような紙媒体であれば、ポケモンの情報は目を通すだけでも一苦労だろう。
 オーキド製の図鑑は、それまで蓄積されてきたポケモンについての情報をデータ化し、すべての人がポケモンの知識に触れられるようにすることを目的としていたのではないだろうか。

 最初のポケモン(赤緑)が発売された1996年はインターネットがあまり普及しておらず、知りたい情報を得る手段が限られていたことも付記しておきたい。書籍が主な媒体で、知りたい情報を得るのにはちょっとハードルが高かったのだ。

何故「見つけたポケモン」なのか

 オーキド製の図鑑は、見方を変えれば「所持者がポケモンと遭遇しなければならない」というシステムになっている。メタ的には昆虫採集のような収集要素であるわけだが、オーキド博士は何を意図してこのような形にしたのかを少し考えてみた。

 主な狙いとしては、ポケモンに興味を持ってもらうことだろうか。最初からすべてのポケモンの情報が載っているなら目を通すだけで終わってしまう。
 もらったばかりの図鑑の空白に、「他にどんなポケモンがいるんだろう」と興味を持ってくれることに期待したのではないか。

 一目見るだけで(捕まえなくても)名前がわかるのも重要かもしれない。ゲーム中の本棚を調べると「ポケモンの本がいっぱい!」というテキストをよく見る。ジャンルはわからないが、少なくともポケモンに関する書籍は存在しているということだ。
 名前がわかれば図鑑などで調べることが出来る。つまり、ポケモンの知識に触れる難易度が下がる。ポケモン図鑑はその補助をしてくれるというわけだ。

 もう一つ、ポケモン図鑑のデータに伝説のポケモンも記録されていることも一因かもしれない。生態がほとんどわからない、目撃情報も非常に少ない彼らは言わば「存在するかわからないポケモン」であり、現実で例えるなら動物図鑑にライオン等と一緒にペガサスやフェニックスが載っているようなものだ。
 見たポケモンを記録するという仕組みは、不確かな情報を見せないようにするシステムでもあるのかもしれない。神話や伝説があるなら記した文献もあるわけで、その方面に興味がある人は図鑑が無くとも自力で調べるだろう。

 振り返ってみれば、敵対組織のリーダーの多くはポケモントレーナーとしての実力と、伝説のポケモンに関しての知識を持ち合わせているわけだが、(方向性の良い悪いはあるが)ポケモンに対する情熱がトレーナーの強さに繋がることを示唆しているのかもしれない。

ポケモン図鑑の役割

 ポケモンと図鑑をもらって旅に出る……物語のはじまりは初代からこの形で続いている。改めて見直してみると、少しずつ変化していることに気付かされる。

赤緑~ダイヤモンド&パール

 このあたりの世代は、博士が主人公(達)にトレーナーの才能を見出し、ポケモン図鑑の完成を託すという流れで共通している。図鑑を渡す相手を選んでいるとも言えるため、ポケモン図鑑を作ることが重きに置かれているように思われる(例外的にオダマキ博士は「たまに見せてくれるといいな」程度)

ブラック&ホワイト、XY

 大きく変わってはいないが、図鑑を与えられるハードルが下がっている描写がなされているように思われる。

 BWでは、主人公を含めた三人に同時にポケモンを渡されている。また、この時点では主人公たちとアララギ博士はまだ面識が無いような描写があり、彼らに才能を見出したわけではないと解釈することが出来る。
 XYに至っては、引っ越してきたばかりの主人公が博士に会う前にポケモンと図鑑を貰い受けており、BWよりも明らかにハードルが下がっていることがわかる。

 この辺りでポケモン図鑑のシステムはあらかた完成していると思われる。子供達に図鑑を渡すのは、「ポケモン図鑑の完成」という目的を通じてポケモンを知ってもらうためで、図鑑の作成は必達の目標ではないと見てよさそうだ。

 XYで初めて登場した要素として、ポケモン図鑑がセントラル・コースト・マウンテンと三つの地域に分けられている。想像だが、これはポケモン図鑑作成の難易度を下げるのが目的だと考える。地方全体を回れなくても、三つのうちのどれか一つでも埋めることが出来れば達成感も生まれるだろう。

サン&ムーン、ソード&シールド

 SMでは、アローラの習わし「島めぐり」に臨む際の助けとしてロトム図鑑を得た。ここで、ポケモン図鑑は「完成させる」というメイン目的ではなく、目的達成のためのサポート道具という位置付けに変わっている。
 更に次作の剣盾ではスマホ(ロトム)さえあれば誰でも入手できるようになっていた。専用の媒体すら不要になったのは、ある種の革命と言えるかもしれない。

 作中におけるポケモン図鑑の役割については、ダンデの台詞から読み取ることが出来る。最初のポケモンを貰った翌日、ジムチャレンジに参加する意欲を見せたホップに対して、彼はこのように語っている。

 ふたりとも もっと ポケモンに くわしくなれ!
 特に (主人公)! キミは ポケモン図鑑を 手に入れるんだ!

 他にも、主人公に「ホップと競い合うライバルになって欲しい」と言っていたり、強いトレーナーがより多くなることがダンデの理想であると窺える。
 それを踏まえると、「強くなるためにはポケモンについて知ることが必要→ポケモンを詳しく知るにはポケモン図鑑が必要」という構図が見えてくる。


強いトレーナーが現れることを待ち望んでいるダンデ。チャンピオンであるからこそ、強くなる方法をよく知っているのだろう。

 ダンデは10歳でチャンピオンになったらしいが、その頃はポケモン図鑑はどのような形をしていたのだろう。彼は自身を「リザードン好きのトレーナー」と呼称するが、「好き」から来る情熱がポケモンのことを知る原動力であったのかもしれない。

 余談はさておいて、オーキド博士もダンデと同じ考えを抱いたのではないだろうか?
 オーキド博士は若い頃はポケモントレーナーを経験しており、現役四天王のキクコも一目置いていたようである。強いトレーナーになるためにはポケモンを知らなければならない。トレーナーとして優秀であったからこそ、オーキド博士はそのことを痛感し、ポケモンの情報に手軽に触れられる「ポケモン図鑑」を考え付いたのかもしれない。

 ところで、オーキド博士はナナカマド博士の後輩にあたるという。そしてLEGENDSアルセウスにはナナカマド博士の先祖にあたるデンボクがいる。
 このページを読んでいるのはゲームを遊んだ人だろうから多くは語らないが、色々と感じるものがあると思う。

2022/02/23