ポケモン世界における「王」について考える

王って何だ

 ポケットモンスターシリーズには、「王」と称される存在が何度か登場する。XYのAZはかつてカロスを統治した王であり、その子孫(厳密には弟の、だが)が現代に存在している。最新作のソード・シールドでも王族の末裔の兄弟が登場する。BWのエヌも不確定ながら王族あるいはそれに近しい人物のようだ。
 王族ともなればそのバックグラウンドには相当な情報量がありそうなものだが、それらについてはほとんど説明がなされない。なんでなんだ一族の起源とか現在はどの程度影響力を持っているのかとか気になることがいっぱいじゃないか。
 そもそもの話、作中の描写を見るに彼らは権力者の立場ではないように見受けられる。周囲の人物はまったくと言っていいほど特別扱いをしていないのだから。いったいポケモン世界における王とはどのようなものなのだろうか?

ポケモンって何だ

 ポケモン世界のことはポケモンを軸にして考えていこう。少し回り道になるが、ポケモンという存在の定義について考えてみたい。
 よくよく考えてみれば、「ポケットに入るくらいのボールに収まるのでポケットモンスター」というのはずいぶんいい加減だ。現実で言えば、哺乳類やら魚類やらをまとめて「生物」と言い表すのと同じようなものだ。体がガスで構成されているようなやつまでいるので、「生物」よりも広範囲と言える。
 前回のカントー・ジョウト再考察でも触れたように、様々な変化によってポケモンの種類は増えるのだろう。正確に言えば、人々は周りに溢れる未知の生物たちを「ポケモン」と定義することで、彼らと共存してきたのではないだろうか。

 現在ではモンスターボールという便利な道具があるわけだが、ボールが開発される以前はどうやってポケモンの定義を決めていたのだろう。
 ポケモンという単語は、ジョウト地方のアルフの遺跡、ホウエン地方のレジシリーズが封印されている遺跡の文章に用いられている。少なくともこれらの地方では、かなり昔からボールに収める、という行為があったことを示唆している。
 シンオウ昔話も同様だが、プレートでは「そのもの」という呼称があることから、シンオウ昔話の呼称は訳されたものの可能性がある。ポケモンに相当する存在はいたのは確かだろうが、ボールに収めていたかは不明だ。そういえばシンオウ地方は人とポケモンの境界はあいまいだった時代があるようだが、もしかすると関連があるのかもしれない。

 ジョウト地方ではぼんぐりという木の実をボールとして使っていたらしいので、ポケモンを収めること自体は複雑なテクノロジーが無くとも可能だったと考えられる。
 しかし、「実現可能」と「誰にでも出来る」はイコールではない。ジョウト地方にぼんぐりをボールに加工する職人が存在するのは確かだが、作れるのは1日1個だけだ(クリスタル版では仕様変更されているが、システム的な都合だろう)。この点を考慮すると、昔の人々が誰しもボールを持てたとは考えにくい。
 ポケットに入るというのが直喩ならば、小型でそれなりに強度のあるものを作るには技術が必要だろうし、大量生産も難しいはずだ。モンスターボールが一般的になる以前は、ボールを持てる者は限られていたのではないだろうか。例えば…そう、王族などの権力者。昔はポケモンをボールに入れて所持することはごく限られた人間にのみ許されていたことであり、そのような人々が権力を持つようになったと考えれば筋が通る。
 この推測については、イッシュのかつての王AZの情報が裏付けになると思う。AZは優れた技術を持っていた。ならばモンスターボールに相当する道具を作ることも可能だったはずだ。
 ポケモンは人々を助けるだけでなく、権威の象徴としての役目もあったのだろう。

ポケモンの今と昔

 ここまでの考察で、ポケモン世界における権力者の成り立ちを考えて来た。昔の人々にとって、ポケモンは権威としての役割も持つ存在であった。しかし現在はモンスターボールによって、誰もがポケモンを持つことが出来る時代。権威としての役目はほぼ失われていると言っていい。(ポケモントレーナーの頂点たるチャンピオンという存在はあるが、王族の権威には及ばないだろう)

 現在のポケモン世界に(少なくとも今まで舞台になった地方においては)、王族はさほど権威を持っていないように見受けられる。王族の末裔はいても、王族そのものは登場しないことを見ると、ポケモンシリーズの舞台はいずれも王政ではないと見ていいと思う。どこかの時点において、ポケモンと人々の関係性に転換点が訪れたのだ。

 転換点とは何だったのか……考えてみれば至極簡単なところにあった。
 例えば、ホウエン地方で起きた天災。イッシュ地方で起きたかもしれない大噴火(以前の考察を参照)。あるいはアローラ地方にやって来るウルトラビースト、ガラル地方のブラックナイト。様々な形で訪れる脅威を退けるには、ごく一部の人々がポケモンを持つのではだめだと考えたのではないだろうか。
 モンスターボールの開発も、権力者の後押しによって成しえたものだとするのが自然だろう。でなければ、ポケモンを持つ権力者とそうでない人々との間に対立が起きたはずだ。しかし王族に対する反応からは、そういった背景は感じられない。
 もちろん、全ての地方で同じような経緯を辿ったとは限らないだろう。イッシュ地方で幾度も起きたという戦が、その一例という可能性もある。どちらにせよ、今は誰もがポケモンと共に居られる時代、それだけは確かなことだ。

 ゲーム中でふと民家に入ると、住人とともに暮らしているポケモンをよく見かける。イッシュやカロスに戦の歴史があるように、他の地方にもそれが当たり前でなかった時代があったかもしれない。
 誰もがポケモンと共に暮らし、ポケモンバトルによってトレーナーやポケモン達が心を通じ合わせることが出来る。今まで舞台になってきた地方に共通する光景は、この世界で生きる人とポケモンにとって最も幸せな形なのだろう。

2020/05/24