もっと考えてみる(4)~イッシュ編(後)~

失われた?伝説

 BW2で追加された目立つ要素といえば、イッシュ地方の東にある海底遺跡である。ダイビングでないと入れない遺跡の中には、意味ありげな文字が数多く刻まれている。これまでの考察を踏まえて、海底遺跡に刻まれた文章について考えてみたい。
 遺跡の文字については既に解読されている。全文は色々なところにあるので各自検索していただきたい。特に気になるのは、最後にあたる4階の文章だ。

おうはたったひとりで●●●●をはねのけた
●●●●はすぐにおうのなかまになった
おうは●●●●をいきものとよんだ
おうはわたしたちのきぼうでありみらいである
ここにいだいなるおう●●●●●をたたえる

 この遺跡で語られているのは、建国神話に現れた二人の英雄ではなく「たった一人の王」という存在だ。
 王の伝説はイッシュにおいてどのような位置づけなのだろう。前作で語られた建国伝説にいるのは双子の英雄であるし、BW2内でも特段触れられてはいない。Nを「王」として教育していたゲーチスは知っている可能性はあるかもしれないが、キュレムにレシラム(ゼクロム)を吸収させた行いは建国伝説に基づくもののように思われる。
 描写からの推測になるが、海底遺跡の伝説はイッシュから忘却された、失われた伝説であるようだ。

 後の作品であるソード・シールドでも、似たような伝説が登場している。剣と盾を携え、ガラル地方を襲った災いブラックナイトを鎮めたとされる英雄。ブラックナイト再来の危機に面した時、現れたのは剣、そして盾を携えた二体のポケモンだった。ストーリーの途中で英雄も二人いた可能性が示されることも加味すると、元は別々の存在だった剣と盾が一人の英雄に統合されたのだと考えられる。
 イッシュの伝説においても、同様の変遷が起きたのではないだろうか。実際に分かれたのはドラゴンではなく人だったという想像も出来る(この場合、一つの集団が二分されたと解釈するのが違和感は無いだろう)

王の役割

 この先を考えるには、まず海底遺跡の伝説についての解釈が必要だ。(おそらく)遺跡を造った人々から讃えられた王はどのような存在だったのか。

 王は名前が伏せられている何かを跳ね除け(意味的には退けた、が正しいか?)、そして仲間にしたという。ポケモンの世界という点を考慮すれば、一連の流れはポケモンを倒し捕まえる……トレーナーの捕獲行為に似ている。また、単純化して見れば英雄譚の類型である怪物退治としても見られるだろう。作中から考えられる王が従えたポケモンは何かと言えば、やはりレシラム達のいずれかが筆頭に挙がる。その点では竜退治の側面も持つと言える。

 怪物退治、とりわけ竜退治は人による自然の征服の意味合いを持つと解釈される。王の伝説も同じような意味を持っていた可能性は無いだろうか?
 イッシュにおける征服すべき自然は言うまでもなくリバースマウンテンだ。そして、三体のドラゴンポケモンは火山に関わりがあると過去の考察で述べて来た。王がドラゴンポケモンを従えることによって火山を鎮め、それが安定した治世に繋がると考えられていたのではないか。
 王の名も読み取れないが、(作中では判明しない)Nの名前であるハルモニアの文字数と一致する。ここに繋がりがあるのなら、Nが持つポケモンの言葉を理解する力を、かつての王も持っていたのかもしれない。

 しかし、王の治世が続いたわけではないことは現在を見れば明らかである。おそらくリバースマウンテンの大噴火が原因だろう。それに伴う混乱で王の系譜が失われ、指導者を失った人々の間で争いが起きたのではないか。
 建国伝説の二人の英雄は、一つにまとまることが出来ない現状と、新しい王を待ち望む人々の心とが合わさった結果生まれた存在とも解釈できる。

もう一つの伝説

 イッシュ地方には、ポケモンを守るために人々に戦いを挑んだテラキオン達の伝説も残っている。この伝説についてはポケモン図鑑の説明文にも記載されているが、ゲーム中のイベントで老人が語る伝説では、少しニュアンスが異なっている。

 人とポケモンがべつべつの世界で暮らしていた大昔…
 人が始めた戦でポケモンたちの暮らす森がはげしい炎に包まれたのじゃ

 ポケモンたちは炎と煙にまかれて逃げ場を失った…
 そこに現れたのがコバルオン テラキオン ビリジオンじゃった!

 テラキオンは持ち前の怪力で逃げ道をふさぐ岩を壊した
 ビリジオンは素早い身のこなしで火の粉からポケモンを守った
 そしてコバルオンはおびえるポケモンたちを導き 焼ける森から逃したのじゃ

 コバルオン テラキオン ビリジオンは戦をはじめた連中を圧倒的な力でけちらした
 連中は3匹の力に恐れをなして ようやく戦をやめたのじゃ…

 テラキオンのくだりに現れる岩は、噴火による噴石とも解釈できないだろうか。
 コバルオンの姿(角の形状やヒヅメのある足)を踏まえると、この伝説の背景には山羊の性質があると考えられる。羊を放牧する民族の多くは、羊の群れに山羊を入れる。大人しい羊は活発な性格の山羊についていくので群れが散らばらないのだという(参考:「羊と山羊」天王寺動物園「なきごえ」

 コバルオン達は、普段は自分の縄張りにおり、他のポケモンに危機が及んだ時に彼らを守る性質を持っているということだろう。
 リバースマウンテンの噴火によって、多くのポケモンが住処から追いやられてしまった。コバルオン達はポケモン達を守るために行動し、必然的に人の前に姿を現す機会が多くなる。見慣れないポケモンが突然姿を現せば、自然と強く記憶に残る。人々の間でも混乱が続いていた状況と合わさって、この伝説が生まれたのかもしれない。

 人とポケモンがわかれて暮らしている、というくだりは建国&海底遺跡の伝説と矛盾しており気になるところ。解釈を見出すならば、イッシュに棲むドラゴン達の存在が一時忘れられていたことの示唆といったところか。
 シンオウ地方にも二体(+1)のドラゴンポケモンにまつわる伝説がある。LEGENDSアルセウスにて、イッシュに生息するポケモンのリージョンフォームが登場したり、コンゴウ団とシンジュ団の拠点にアデクに似た人物の絵があるなど関連を思わせる点もある。二つの地方は昔から行き来があったのだろうか。
 そうであれば、今の建国伝説は二つの地方の伝承が合わさった末の形なのかもしれない。時系列の材料がほとんど無いので根拠には乏しいが。

総括的なもの

 ここまでの考察を踏まえた、イッシュ地方の大まかな歴史をまとめてみよう。

1.王による統治

 海底遺跡に刻まれていた王が統治していた時代。王は火山に棲むドラゴンポケモンを従えることで治世を行っていた。王の元にいたのはレシラムかゼクロムのどちらか、あるいはキュレムがそうだった時もあったのかもしれない。

2.リバースマウンテン噴火

 地形が大きく変わるほどの噴火が起き、その影響で王政の時代が終わりを告げた。噴火の影響でドラゴンポケモンを従える儀礼が不可能になり、王の権威が失われた、あるいは王が不在になったなど、流れとしては複数考えられる。王がNの祖先にあたる人物だとしたら、命を落としたという可能性は低いだろう。
 噴火の前に、王政に陰りが出始めていた可能性もありそうだ。為政者が常に優れた人物であるとは限らない。

3.混乱期と終息

 イッシュ地方は荒れ、統率者を失った人々の間に争いが起きたのは想像に難くない。コバルオン達にまつわる伝説が生まれたのはこの時期だろう。
 混乱がどれだけの間続いたかはわからないが、何らかの形で終息し現代のイッシュへと繋がる。そして、王の伝説に代わり建国伝説が出来たといった流れか。

 ここまでイッシュ地方の伝説に関して再度の掘り下げを行ってきたが、整理しきれていない部分も多い。
 また過去にも触れた通り、レシラムとゼクロムは様々な対立軸を内包している。作中で語られた真実と理想の対立も、長い歴史の中で繰り返されてきた人と(ドラゴン)ポケモンの関係の一つの形なのかもしれない。
 リメイク、あるいはLEGENDSが生まれた時には、イッシュの伝説の新しい側面を見ることが出来るだろうか。

2023/04/11