鮭と神話についての何か

何で鮭?

 2021年の2月末に、ポケットモンスターダイヤモンド・パールのリメイクが発表されました。舞台のシンオウ地方には「シンオウ神話・昔話」という妙に具体的な伝承が伝わっています。
 シンオウ神話に関するネタは別コーナーでこねていますが、ポケモンとはあまり関係ないネタも出てきたのでこっちに書いておこうと思います。

はじまりのネタ

 シンオウ神話には、海や川で捕まえたポケモンを食べた後、骨を綺麗に洗って水の中に送り返すと、再び肉体を得て戻って来るというお話があります(シンオウむかしばなし)。
 この話はアイヌの習慣が下敷きにあると言われています。鮭漁が始まってから最初に獲れた鮭は特別な儀式で料理され、その後は船に見立てた鮭の下あごの骨を川に流し、霊魂を送り返すという儀式があるそうです。
 実は海を隔てた北米インディアンの方にも、そっくりな風習があったりします。

 Kwakiutl族において銀鮭が初めて捕られると、猟師の妻はわざわざ岸までその鮭を迎えに行く。(中略)身の全部を食べ終えると、猟師の妻は残った骨や皮を拾い上げ、フードマットに包んで川に流す。

「ある一人の少年が鮭の国へとやって来た。そこで彼は食べるものを探していると、鮭の人々にその鮭の子供を食べることを命ぜられた。彼はその命令に従って、食べるために鮭の子供を殺した後、すべての骨を注意深く丁寧にとっておいて、川に投げ込んだ。すると驚いたことに、鮭の子供たちは生き返った」

「鮭をめぐる民族的世界」より抜粋

 北米インディアンでは、初鮭のみならず普段食べた鮭の骨や皮も丁寧に保存しておき、鮭漁の終わりにまとめて川に流すようです。

 詳細は省きますが、北方の狩猟採集民族の信仰には他にもいくつもの共通点が見られます。
 氷河期の終わり頃はシベリアとアラスカは陸続きであり、二つの民族はその時代に分化した人々が祖先なのではないかと考えられているそうです。元が同じだとしても、分かれたのはずいぶん昔です。似たような環境で狩猟採集生活を営む民族同士とはいえ、伝承も似通っているのは面白い点です。

 北欧神話の伝わるヨーロッパの方はどうかと言えば、先の民族との共通点はあまり見られません。原始的な時代の信仰についての情報が残っていないので、仕方ないことでしょう。
 ただ、名残のように思われるものはいくつかあります。

トールの雄山羊

 トール神の戦車を引く二頭の雄山羊は、時には食料になることもあります。毛皮と骨を残して、翌日ミョルニルで清めると復活します。便利な山羊さんですね。

 この逸話の根底には、骨を復活信仰に結び付ける思想があるのではと思います。アイヌのイオマンテ(屠殺した獣の骨を祀る習慣)を代表例として、北方民族にも同様の思想が見られるようです。
 シアルヴィが髄液欲しさに骨を割ってしまい、足を引きずるようになってしまうという話も、獣骨を壊してはならないという決まりがあって、そこから生まれたのではないでしょうか。

鮭は知識の象徴

 ちょっと南に下ってケルト神話になると、鮭は知識と関わるものになるようです。

 鮭は、ケルト人の想像において、重要な役割を持っていました。とりわけ伝承は鮭が持つ象徴性を雄弁に語っております。鮭は何よりも、異界的な知識の源です。

「ケルト神話」と鮭

 知識といえば、北欧神話でも「ロキの口論(ロカセナ)」の中で、神々から逃げるためにロキが鮭に変身しています。この話はロキが漁の網を作った話でもあり、ヨーロッパ圏では鮭は知識と結び付けられているようです。
 だいぶ毛色が変わりますが、これは鮭の生まれた川に戻って来る習性(母川回帰というそうです)が関わっていそうです。決まった時期に必ず川に戻って来るところに、神秘的な何かを見出したのかもしれません。

 形こそまったく違いますが、鮭が人々の生活と強く結びついていたことを示していると言えるのではないでしょうか。
 母川回帰の習性は北方の狩猟採集民族には恵みをもたらします。ケルト神話の物語も、鮭が人々の生活と密に関わっていたからこそ習性を知り、神秘性を発見するに至ったのかもしれません。

2021/09/10