「うみの でんせつ」を読み解く

 ダイヤモンド・パールのリメイクで、「うみの でんせつ」なる伝承が追加された。簡素な内容でありながら、かなり幅広い解釈が出来そうな話に感じられる。
 というわけで、この新しい伝説について考えてみる。

伝説の概要

 まずはゲーム中の文章を引用する。この話は、ミオ図書館の二階の右側に並んだ本棚を調べると読むことが出来る。

漢字ひらがな

最近 発見され
昔の文字が 解読された本

「うみの でんせつ」が
置かれている…… 読んでみますか?(はい)

その昔 東の海に
王子と 呼ばれる ポケモンがいた

人の 勇者は 海に住む
ポケモンたちに
王子に 会わせてほしいと 頼んだ

タマンタ ブイゼル そして
大きなトゲの ハリーセンの 3匹は
人の 勇者を 認め ともに歩む

勇者たちは 夕暮れの 海へ
船を 出し
水面に そびえる 海の門を くぐる

その知らせは 王子の耳に 届き
王子は 勇者を 海辺の小穴で
出迎えた

マナフィとの関連性

 王子というワードから、おそらく多くの人が最初に思い浮かべるのはマナフィではないだろうか。劇場版ポケモンの「蒼海の王子マナフィ」に登場した、ダイパ世代のポケモンの一匹である。
 残念ながら、この映画についてはほとんど記憶が無いためあまり詳細な掘り下げは出来ない。ただ、引用した話の中に登場するタマンタ、ブイゼル、ハリーセンも、端役ではあるがこの映画に登場しているらしい。

 また、王子は東の海にいるそうだが、東は四神に当てはめると青色に該当する。東の海を青い海と読み替えれば、「東の海の王子」は「蒼海の王子」と読み取ることも出来る。

 王子がマナフィである可能性は濃厚だが、この伝説にはそれ以外の要素も多いため、マナフィに関連付けた伝説というだけには留まらないように思われる。

シンオウ神話の系譜としての解釈

 この話に登場するのは、王子と呼ばれるポケモンと三匹のポケモンである。この構図は、シンオウ地方の神話に登場するポケモン達(アルセウス、レジギガス)と非常に類似していると言えるだろう。

 ここで異色に見えてくるのがハリーセンだ。ジョウトで初登場したこのポケモンは、他の二匹と違ってシンオウ地方に生息していない。ポケモン映画からのチョイスにしても、何故ハリーセンなのだろうか。
 この疑問に関しては、過去に没にした考察が活きてくることになった。

 シンオウ・フィクションで、ギラティナと魚を重ねたことでポケモンを送る儀式が生まれたと想像した。ではギラティナが魚なら、残る二匹は何に該当するだろうか? 答えから言うと、パルキアが鳥(空)、ディアルガが獣(陸)の属性を持っていると考えられる。
 この根拠として、サン・ムーンで登場したシルヴァディが挙げられる。アルセウスを模したと思われるこのポケモンは、頭から上半身にかけてが鳥、下半身が獣、そして尻尾に魚の意匠が表れている。
 シント遺跡で発生するイベントから、アルセウスとディアルガ達は根源的には同じ種族であると予想される。アルセウスが持つ一部の因子が顕現した姿が、ディアルガ達というわけだ。

 この構図に先の伝説に登場するポケモンを当てはめると、ブイゼルが獣、飛行タイプを持つタマンタは鳥、残るハリーセンが魚となる。魚に対応するのはギラティナ……シンオウ神話の中に現れない異端児である。ギラティナに該当するが故に、例外のハリーセンが当てはめられたのではないだろうか。

 また、この話はトバリの神話と対応しているように思われる。「人の勇者」と「わかもの」という登場人物、ポケモンに認められた勇者と、ポケモンを殺めすぎた過ちを犯した若者。話の結びも、勇者は王子に出会い、わかものは彼の前からポケモンが姿を消す、と対比できる部分がかなり多い。

異郷訪問譚、冥府下りとしての解釈

 話を俯瞰すると、類型としてはこのどちらかに該当するのではないかと思われる。おそらく後者、冥府下りの側面が強いように感じられる。

 ポケモンに頼むということは、人の勇者の力ではたどり着けない所……この世ではないどこかに王子はいるのだろう。
 王子に会うために勇者は海に出るのだが、シンオウ神話において海といえば、ポケモンの骨を流す場所である。つまり、海は死したポケモンが帰る場所に繋がっていると解釈することが出来る。もしくは、アイヌで言うカムイの住む国だろうか。
 ここは如何様にも解釈できるのだが、冥府下りであると想像する理由は大きく分けて二つある。

 一つ目は、この物語が異郷訪問譚のパターンに当てはまらない点だ。身近な異郷訪問譚を挙げると「浦島太郎」や、創作になるが「不思議の国のアリス」あたりだろう。また、シンオウ・フィクション補足で引用した「少年が鮭の国を訪れた話」も該当するか。
 異郷訪問譚の多くは「人間の主人公が異界に迷い込んで、その後戻って来る」というものが多い。浦島太郎が竜宮城に行くのは亀を助けた結果であるし、アリスは兎を追いかけて迷い込んだためである。
 これに対して勇者は自ら王子に会うために行動しているし、物語は王子と出会ったところで終わっている。能動的に行動する点は、どちらかというと冥府下りに近い。有名どころを挙げると、ギリシア神話のペルセポネ北欧神話のバルドル日本神話のイザナミといったところだろう。

 二つ目は、王子に会うための道程にある。まず「夕暮れの海辺」という点。現代であればともかく、これから暗くなる時間に海に出るのはかなり危険な行為と言える。逆に考えれば、夕暮れでなければならない理由があるはずだ。
 夕暮れは黄昏時とも言い、黄昏は終末あるいは物事の終わりの暗喩として使われることがある。また、日没は太陽の死と解釈することも出来る(実際、エジプト神話では太陽は死と復活を繰り返していると解釈されている)。夜の闇が近づき、世界の境界が曖昧になる時間にだけ、海の門をくぐれる=王子に会うことが出来るのではないだろうか。

 先に挙げた例もそうだが、冥府下りは失ったものを取り戻すのが目的であることが多い。海の伝説が冥府下りであるなら、勇者も何かを取り戻そうとしていることになる。さて、シンオウ神話にはそのような人間がいなかっただろうか。その神話と結び付けることで、勇者の目的が自ずと見えてくる。
 この話はトバリの神話の続きであると解釈できる。人々の前から姿を消し、海の向こうにある国に帰っていったまま戻らないポケモン達。彼らに再びこの世に来てもらうため、勇者は冥府下りを行い、王子に会おうとしていたと解釈できる。

 ただ、冥府下りは往々にして、望みの叶わない形で終わっている。ポケモン達に勇者と認められても願いの叶わなかった結末を伏せるために、この物語は勇者と王子が会った場面で終わっているのかもしれない。

貴種流離譚(きしゅりゅうりたん)としての解釈

 新しい伝説を湿っぽい解釈にしたままなのはいまいちなので、最後に海の伝説単体での解釈を試みる。
 貴種流離譚は、神や英雄といった高位の身分を持つ若者が各地を旅して試練を受けるという物語の類型の一つだ。「勇者」という肩書は英雄に並ぶものと言ってもよいだろう。

 「旅」と「試練」という要素に関してはブイゼル達が関わってくる。彼らは勇者を認めたとあるが、一体どのような経緯で勇者を認めたのだろうか? ごく単純に考えればポケモン達は何らかの試練を課し、それを勇者が乗り越えたので認めた、といったところだろう。
 また、ハリーセンにだけは「そして」という接続詞がある。これは勇者を認めた時期がブイゼル、タマンタと異なるというニュアンスにも読み取れる。試練の方法が異なっていたのか、あるいはハリーセンは他の二匹とは別の場所にいたか。実際にハリーセンはシンオウ地方にいないポケモンであるし、ハリーセンがいる地方を訪れるためにシンオウを離れていても不思議ではない。

 夕暮れの船出にも説明がつく。おそらく試練は期限つきのものだったのだろう。その期限がその日の日没、もしくは終わりだったため、危険を冒してでも船を出さなくてはならなかったのだ。

 このように解釈すると、海の伝説は以下のような内容になるだろう。

 人の勇者は、東の海の王子に試練を与えられた。試練の内容は、三匹のポケモンに認めてもらい王子の元に戻ってくること。
 勇者はブイゼルとタマンタの試練を乗り越えて認められた。長旅の果てに出会ったハリーセンにも、無事認めてもらうことが出来た。
 あとは王子の元へと戻るだけだが、もうあまり時間が残っていなかった。そのため勇者は夕暮れの海を急いで渡った。
 勇者が戻って来たことを知った王子は、試練を乗り越えた勇者を称えるために、自ら勇者を出迎えた。

 二人が出会ったくだりで終わっているのは、その場面が勇者の目的が達せられたことを意味しているからと解釈できる。

 ただ、この解釈にも少し疑問の余地は残る。貴種流離譚には、旅をする若者は生い立ちに何らかの困難を抱えているという点があるが、勇者の背景に関しての情報が何もない。試練の内容とは何なのか、何故勇者は試練を受けたのかといった謎もある。
 とはいえ、だいぶ明るい方向に解釈できたのではないだろうか。

2021/12/05 ハリーセン考

 貴種流離譚の解釈の延長として、ハリーセンについてもう少し掘り下げてみる。「大きなトゲ」と言及しているのは、本来のハリーセンと異なる姿=ヒスイのリージョンフォームが存在する可能性がある。
 ハリーセンのリージョンが存在するという情報はまだ無いが、通常ハリーセンと比べて「トゲが大きい」「トゲが小さい(無い)」のいずれかが考えられる。

 ヒスイのハリーセンが大きいトゲを持っているとすると、この話はシンオウ(ヒスイ)とは別の地域が発祥である可能性が生まれる。ヒスイの人々にとってのハリーセンは「トゲが大きい」のが当たり前のはずだからだ。「大きなトゲのハリーセン」は既存の姿のハリーセンを知る人間の視点だろう。

 その場合、もともとは勇者にまつわる複数のエピソードの集合であり、そのうちの一つが「海の伝説」としてシンオウに残ったのかもしれない。

「海にそびえる門」はヒスイにあり?

 ポケモンLEGENDSアルセウスのプロモーション映像(youtubeはこちら)の22~23秒にかけてのところに気になるものがあった。


海上に岩らしき物体。伝説にある「門」なのだろうか?

 海の上に突き出た岩と思しき物体があるが、「水面にそびえる門」と一致しているようにも見える。確認できるポケモンはフローゼルとブイゼルだけのため具体的な位置は特定できないが、これが門のモデルになったとすると東側のどこかなのだろうか。


2021/12/01