シンオウ神話を考える~三日月と新月~

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 シンオウ地方のミオシティには、このような言い伝えがある。
 ミオシティでは悪夢にはまり込んだまま目覚めなくなる者が出ることがあった。そんな時は「まんげつじま」にいるポケモンの羽によって、悪夢をはらったという。この羽の持ち主が、伝説のポケモンであるクレセリアである。
 更に、この言い伝えに関わるであろうポケモンがもう一体いる。「あんこくポケモン」ダークライだ。
 ダークライは「しんげつじま」に住み、悪夢を見せる能力を持っているという。また、図鑑によると新月の夜に活動するらしい。名前こそ出ていないものの、ダークライも悪夢をもたらす存在としてミオシティの言い伝えに登場していたのではないかと思われる。

 今回は月を軸に、この二匹について考察していこう。

神話における月

 シンオウ神話において月はどのような存在だったのだろう。
 先に述べた言い伝えを組み合わせて考えると、悪夢から目覚めなくなる事件はダークライが活動する新月の夜に発生していたと推測できる。見方を変えれば、月が出ている夜は悪夢を見ないということになる。

 太陽と月は、よく対のものとして扱われることが多い。太陽が沈んだ後、夜の闇から現れる「悪夢を見せる存在」から人々を守るものが月だったのではないだろうか。
 クレセリアは月――守護者の立場であり、対するダークライは闇夜の恐怖の象徴、人々を脅かす敵対者とされていたのだろう。

三日月の役割

 ここまで考えたところで一つの疑問が浮かぶ。ダークライが活動するのは新月の夜。新月の対と言えば満月が連想されるものだが、クレセリアと結びついているのは三日月である。「まんげつじま」にいるポケモンであるにも関わらず、だ。


 クレセリアの頭部は三日月のような形状をしている。ここから三日月に関連づいたのかもしれない。しかし、身体の後部についている円状の物体を満月に見立てることも出来そうだ。
 単に月と曖昧な定義をせず、あえて三日月に限定する理由が何かあるはずだ。

 言い伝えについて振り返ってみよう。クレセリアの役目は、悪夢から目覚めなくなってしまった者を助けることだ。ここから、別の糸口を見出せないだろうか。
 目覚めない=眠ったままということは、自力で動けない状態だということだ。これは「おそろしいしんわ」と似ているように思える。そうすると、人は覚めることの無い悪夢によって「うごけなくなり なにも できなくなる」と置き換えることが出来る。
 湖のポケモン考察で、「こころ」を司る三匹は死にも通じていると書いたが、ダークライも同じようなものなのかもしれない。

 少し話が逸れるが、「寝言に返事をしてはいけない」という迷信がある。これは、眠っている時は彼岸の国(あの世)との境目が普段よりも薄くなっていると考えられていたためらしいが、シンオウにも同じような考えが存在していたとすればどうだろう。
 ダークライによってもたらされる悪夢は、人を冥界に連れて行ってしまうと考えられていたのではないか。そこから連れ戻す、つまり目覚めさせるのがクレセリアの力なのだ。

 それでは、「うごけなくなり なにも できなく」なった者を目覚めさせるにはどうすればいいか。「おそろしいしんわ」の記述は記憶、意志、感情のいずれかの喪失を指すと思われる。悪夢に捕らわれた時も、同じような状態になる――「うごけなくなり なにも できなくなる」のは、おそらく意志が失われた状態だと思われる。

その ポケモンの めを みたもの いっしゅんにして きおくが なくなり
かえることが できなくなる
その ポケモンに ふれたもの みっかにして かんじょうが なくなる
その ポケモンに きずを つけたもの
なのかにして うごけなくなり なにも できなくなる

 クレセリアの力は、意志を失った者に再び意志を与えるためのものなのではないだろうか。そう考えていくと、三日月である理由も見出すことが出来る。
 意志が無いというのは、「こころ」が「欠けた」状態だ。欠けた部分を埋めるには、欠けた形でなければぴったりとはめることはできない。パズルのピースのように。
 そう、完全な満月ではいけないのだ。完全な形――感情、意志、記憶が揃った「こころ」では、意志だけが欠けた「こころ」は直せない。満月を与えても、悪夢に捕らわれた者の「こころ」は取り戻せない。
 三日月の化身でなければ悪夢から解放出来ないからこそ、クレセリアは「みかづきポケモン」なのだろう。

 クレセリアの身体の後部にある円状の物体だが、下側の左右にも似たようなものが付いている。合わせて三つ、ちょうど「こころ」を構成する要素と一致する。
 もしかすると、クレセリアもシンオウ神話に登場する神々の一柱だったのかもしれない。

ダークライの造形(2021/11/06)

 クレセリアが月ならばということで、ダークライの外見について掘り下げてみたい。

 分類の「あんこくポケモン」、ダーク(闇)+暗いが元と思われる名前などから、闇に関わりが深いであろうことがわかる。夜の闇は古来から人々を脅かしてきた。この点が、ダークライの主要なモチーフになっていると思われる。
 暗黒を表すように、身体の大部分が黒色である。これ以外の特徴も一つずつ見ていこう。


ポケモンHOMEのモデルのダークライ。右向きは首周りの赤色の形状がわかりやすいように。

白い頭部

 ダークライの頭頂部には、白い毛のような物体がたなびいている。他の生物に当てはめると、たてがみ、あるいはトサカだろうか?

 この部分は「人魂」の暗示であるように思う。闇の中にダークライがいる様を想像すると、白い頭部が非常に目立って見える。細長く揺れる青白い物体を目撃した人々は、ダークライを人魂と恐れたのかもしれない。

片目

 ダークライの目は左側だけが見えており、右目は上記の白い物体に覆われている。目は顔の中でも特に目立つパーツであり、言い方を変えれば、わかりやすい奇形でもある。ポケモンに関しては必ずしも目が二つとは限らない(コイル系など)が、ダークライの目はもともと一対だった形に見える。
 また、目は光を発する(反射する)ことが出来る器官でもあり、それが欠けているのは光から遠い存在であることを示唆していると言えるだろう。

足が無い

 通常時のダークライは、足に該当する部位が見えない状態になっている。(アニメポケモンでは足と思しきものが伸びるようになっていたが、ゲームでも同様かは不明)
 足が無い、といえば日本の幽霊の主なイメージの一つでもあるし、片目の項でも述べた不具と見なすこともできる。肩から伸びる部分も白い部分と同じように揺れており、実体が無いような印象を与える。

 柳田国男によれば、一つ目小僧や一本ダタラといった妖怪は、元は神だったものが零落した解釈する説もあるらしい。不具を共通点と見なせば、ダークライも同様と考えることもできる。
 クレセリアが神だった時代もかつてあったとすれば、その時にはダークライは対となる神という立場だったのかもしれない。(対の属性を持つ二柱をペアとする例は良く見られる)

首回りの赤い物体

 首の回りは上向きの棘のようなものが付いており、赤い襟のような見た目になっている。赤色と言えば警告色としての役割が真っ先に浮かぶが、ダークライ自身が周りに警告を発しているという意味だろうか。
 また、しんげつじまでのダークライ遭遇イベントでは、「ダークライの力は強すぎる」と語る何者かの声が聞こえる。見方によっては、赤い部分はダークライを戒める首輪と解釈することも出来そうだ。

まとめ

 ダークライの姿は、人に恐怖を呼び起させるイメージの集合体と考えられる。固有の特性「ナイトメア」の源はここにあるのかもしれない。
 その一方で、旧い神という可能性もありそうだ。しんげつじまには泉の跡のような窪地がある。湖を水の満ちた満月とすれば、枯れた泉は新月となる。ダークライも、湖のポケモンの対として信仰されていた時代があったのかもしれない。

余談

 ダークライに関わりのありそうな、北海道に伝わる妖怪を一部紹介する。

アイヌカイセイ
空き家や古い家に現れて、眠っている人の胸や首を押さえつけて苦しめる妖怪。ぼろぼろのアットシ(木の皮で造られた衣服)を身に着けているとされる。
ダークライイベントの開始地点である「はとばのやど」は、通常では入ることのできない空き家である。また、ダークライの下半身は見ようによっては古びた衣服に見えなくもない。
アツゥイコロエカシ
室蘭近海の主と呼ばれる赤い化け物。船を飲み込んでしまうほど巨大であるという。類似として、「アッコロカムイ」という赤い巨大タコの妖怪もいるらしい。
ややこじつけになるが、ダークライの首周りの赤いものは、上向きに大きく広げた口のようにも見える。

2011/05/07